STORY

ストーリー

「きみが訪問してくれるかぎりは生きていることにするよ。
そんな風に言ってくれるお客様がいました」

「発する言葉の8割が、死にたい。
でも、お風呂に入って、さっぱりして。
お伺いするたびにその人の名前を呼んでいると、
だんだん、顔色がよくなっていくんです」

「雪の日は、手が冷える。だから、モモやお腹でさすって、
人肌に戻してからおじゃまする。
冷えきった手で、お客様にふれるのは申し訳ないから」

商店街の街灯イメージ

「ときどき、思うことがあります。
この暑い日に、どうして私たち、
汗だくになって自転車漕いでいるのだろう。
めっちゃ立ち漕ぎで急いでいるのだろう。
クーラーの効いた部屋にずっといたいなって。

でも、あの人が私を待っている。

私みたいな人間も、生きている理由のひとつになっている。
そう思うと「よし!」ってまた、ペダルに力が入るんです」

ペダルを踏むイメージ

「生きる」ということ。「生きている」ということ。

それは、惣菜屋さんまで散歩する日課。
道端で、近所の人とおしゃべりをする15分。
(もうごはんは食べられないのだけど)
毎日、奥さんといっしょのものを食べる食卓。
川の字になって眠るこどもの寝顔。
お孫さんが大きくなって、ベビーベッドを、ふつうのベッドに買い替える日…

病院にいると病人だけど、みんな、家に帰れば、
お父さん、ご主人さん、お母さん、おばあちゃん…役割がある。
つながりがある。
掃除やお料理、大好きなマンガやテレビでの野球観戦…
やることがある。日常がある。

作業をしているイメージ

どんなにささいなことだっていい。
生きている意味やよろこびがそこにあれば、人は元気になる。
私たちだってそうだ。ありがとう。また来週。
みんな、誰かに頼られ、声をかけられ、
毎日ちょっとずつ、生きる力を頂いている。

人生の最期。その力が、いちばんあふれている場所が、家であり、家族。
「家に帰りたい」は後ろ向きの言葉じゃない。
「それでもイキイキと生きたいのよ」という前を向いた言葉。

だから私たちは、病気ではなく、その人を看る。
ご本人も、ご家族も、私たちも、ケアマネージャーさんも、
お医者さんも、ひとつの人生に、ひとつになる。
手をとりあって、懸命になる。

ペダルを踏むイメージ

かなしみの中に、時にあたたかみを。いつくしみを。おかしみを。
「看」という字が手と目でできているように、
こころの目を使い、こころに手でふれる。

人間が、人間を想って、人間のエネルギーをぜんぶ使う。
訪問看護は、すばらしい仕事だ。

医療業界の慣習や常識とたたかいながら私たちがつくってきたのは、
これからの看護であるようで、本来の看護の姿なのかもしれません。

そして、その価値を深く知る、
信じる私たちだからこそ、もっとできることがある。

病床の数が減って、看とり難民が増えると言われている。
それは、希望の不足。自己承認の不足。人とのつながりの不足。
生活の安心の不足。いのちの尊厳をゆるがす大問題。

人間が、人間らしく生きて、命を全うするための、
新しい基盤づくりが求められている。

資料を確認するイメージ

一方で、在宅という術があることも、
訪問看護がすばらしい仕事であることも、
まだまだ世の中に伝わっていない。病院よりも下、
そんな固定概念にとらわれている人もいる。

働く人もその人らしく働ける、誇りと安心感をもって働ける、
そんな環境も求められている。

生き方と働き方のジレンマを、誰かが解消しなければ。
みんなにハッピーで、長続きするモデルを、誰かが創造しなければ。

ペダルを踏むイメージ

さぁ、ゆこう。
春夏秋冬、喜怒哀楽の中を。

病気に休みはないから。

この手をさしのべよう。
ナースコールを押せない人の、ところまで。

この道は、病院からつづく道。

医療に関わる人たちが病院を飛び出すほど、
病院と同じ安心感が、病院以上の安らぎが街中にゆきわたる。

手を温めているイメージ

人の人生、最期に涙はつきものだけど、
そこに、これまではなかったあたたかい感情を添えることだってできる。

この手から、愛を。

あの手、この手、打つ手は無限。
どこまでも青くさい理想を、私たちは追いかけつづける。

英知を尽くして
「生きる」を看る。

SPIRITS

私たちの行動指針

あの手この手、打つ手は無限。
ソフィアの5 SPIRITS。

1お客様第一主義に徹し、
常に相手本位に行動する。

2プロとして誇り高く、
あらゆる可能性を追求する。

3品質は人の質と心得て、
感性と徳性を磨く。

4学ぶ心を忘れず、
自ら率先して変化の原動力となる。

5仲間を認め、おせっかい、
お人好しの精神で支え合う。