訪問看護のソフィアメディ

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【インタビュー後編】訪問看護におけるウェルビーイング。組織に幸せという観点を取り入れるための実践について考える

近年、働き方や生き方などでキーワードとなっているのが、ウェルビーイング(Well-being)という心身だけでなく社会的な意味でも健康であることを意味する概念。今回は、幸福学研究の第一人者である慶応義塾大学の前野隆司先生をお招きし、ソフィアメディのウェルビーイング推進グループのマネジャーである看護師の宮地がインタビューを行いました。後編では、自分で体現していくためには、組織に幸せという観点を取り入れるためには、訪問看護や在宅医療の世界においてより広い視野を持つための実践について考えていきましょう。

《前編はこちら》

【インタビュー前編】訪問看護におけるウェルビーイング。幸福学の第一人者、前野隆司先生から幸せに働き、生きるためのヒントを得る


プロフィール

前野隆司氏
1962年山口県生まれ。1984年東京工業大学工学部機械工学科卒業、86年東京工業大学理工学研究科機械工学専攻修士課程修了。キヤノン株式会社、カリフォルニア大学バークレー校客員研究員、慶應義塾大学理工学部教授、ハーバード大学客員教授等を経て、2008年より慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント(SDM)研究科教授。2017年より慶應義塾大学ウェルビーイングリサーチセンター長兼任。学問分野の枠を超え、「人間にかかわるシステムであれば何でも対象にする」「人類にとって必要なものを創造的にデザインする」という方針で研究・教育を行っている。

宮地麻美
1972年群馬県生まれ。看護師歴21年。元々カウンセラーを目指して心理学を勉強していたが、精神医学や発達心理学に興味を持ち、障害児心理学を専攻。精神薄弱児施設で4年働いた後、医療知識を求めて看護師の道へ。ナショナルセンターで15年勤務しつつ、看護教員資格取得し、大学院へ進学。専攻した遷延性意識障害看護を学ぶ中で、口腔ケアの重要性を感じて摂食嚥下障害看護認定看護師となり、急性期での看護を実践。回復期リハビリテーション病院に異動し、多くの摂食嚥下障害をもつ患者さまのその人らしさを大切しながら在宅へ移行する過程を看させていただき、ソフィアメディへ転職。訪問看護ステーション管理者として3年間従事し、2022年2月より新設されたウェルビーイング推進グループのマネジャーを担当。


ウェルビーイングという考えを職場に取り入れるには

宮地>先ほどはウェルビーイングの考えを職場に取り入れるために、大事なポイントをいくつか伺いましたが、さらに実践的な話を伺ってもいいでしょうか。まず個人でできることやマネジャーができることについて。

前野氏>そうですね。ウェルビーイングとは、健康・幸せ・福祉を表しますが、そのうち”幸せ”の条件はいろいろありますから、それをぜひみんなで学んでいただくことがまず第一歩ですね。それをやっているうちに「自分たちは幸せだな」と感じて、少しずつ変わっていくのではないかと思います。「私なんてそんなことできるわけないし、今まで通りで……」ではなくて、宮地さんが「幸せ研究所の所長をやりたい」と言ってウェルビーイング推進グループが実現したように、「私は○○になりたい、○○をやりたい」と言って行動できる環境があるといいですよね。100人いたら100人が、それぞれに興味のあることや得意なことがあるでしょうから。

宮地>私も「幸せ研究所所長をやりたい」と口にしていたら、お客様とご挨拶するときに話のネタにもなりましたし、自然と自己受容されて心に刷り込まれていきましたよ。

前野氏>看護師さんは資格業じゃないですか。だから名刺には「○○看護師」と資格の名前を書くことが多いと思うのですが、自分がなりたいこと、やりたいことを名刺に書いてもいいかもしれませんね。できれば「○○研究所長」のような役職を作れるといいですね。特に看護師さんで、優しすぎる人はやった方がいいです。ちょっとハードルが高いぐらいの、自分の夢みたいなものを名刺に書くとか。自分自身が認められるもの、それをちゃんと見えるところに出すというのがいいです。そういう考えを発する機会をみんなにも設けていくことも大事だと思います。最初は言葉を発するだけでも恥ずかしかったのが、だんだんと慣れていきますからね。

宮地>そうですよね。言葉に出すことを意識していたら、夫や猫にも「愛してる」と言えるようになりました。昔はそんなことなかったんですけどね。愛してると言うのは恥ずかしくないとか、やっぱりちゃんと伝えなきゃダメなんだと思えるようになったのは、いろんなところにアンテナを向けるようになって、前野先生の本を読んでからです。スタッフのことも愛してやまないので、「今日も生きてくれてありがとう」と思うんですよ。これまで生死に関わる仕事をずっとやってきたので、いつ何が起こるかわからない。こうやってみんなでいられることの幸せを噛みしめながら、「朝ちゃんと来てくれてありがとう」「まっすぐ生きてくれてありがとう」と思うんです。後悔したくないんですよ。この人に対して、今日私ができることはちゃんと伝えたいと思う。せっかくそばにいてくれているので。それは自分の中で決めてることですね。

前野氏>さすが……マザーのようですね。僕もあるときからです。「みんなを愛してるよ」「世界中の幸せを担うんだ」とか、本で書くじゃないですか。あれ、昔は言えなかったんです。 最初の頃は「研究結果が出ました」「発表します」みたいなどこか事務的な会話だったんです。だけど、講演会で 「本当にみんなには幸せになってほしいんですよ」と、心から言葉が出てきたときに大拍手をもらったことがあって。それで、「研究者もこういうことを言っていいんだ」と感じるようになりました。宮地さんと同じような体験ですよね。

宮地>同じですね。ウェルビーイング推進グループのマネジャーになったからには、ちゃんと発信していきたいんです。「愛してる」の言葉は、みんなの心の中に「大事にされたい」という思いがあるから、 響くものだと思います。ただ、「大事にしてほしいこと」や「愛してること」に蓋をしてしまう傾向があると思います。それを受け入れるために蓋をちゃんと外してあげないといけない。私の使命は、この蓋をまずは外してあげることなんだなと思います。

私が考えているように、スタッフの幸せを思い、それを言葉にできるマネジャーがもっと増えたら、お客様もみんな幸せになるかもしれません。どうやったら、変わっていくのか。いろんな会社でも共通する悩みだと思いますが、いかがでしょうか。

前野氏>やっぱり健康と一緒で、まずはマネジャーもウェルビーイングについての知識をつけることからですよね。 知識があって、健康診断するように幸せ診断や自分の状態の理解を高めて、そうして力強い自分や優しい自分になっていくんだと思います。知識のないところで、「もっとみんなを大切にしなさい」と言われても、なんのためかさっぱりわからない。ちゃんと学ぶことからだと思います。本よりも、勉強会やワークショップのほうが勉強するには適しているかもしれませんね。

私が知っているとある日本企業では、朝礼を1時間やっていて、1時間かけて学びの時間にあてているんです。そして彼らは、「成長することと貢献することが自分の幸せです」と、正しく理解しています。こういう人が一人でもいると、どんどん広がっていくわけですよね。職場に誰もいないと、誰からどこから勉強すればいいかわからないですから。ソフィアメディさんの場合には、宮地さんという人が一人いる。他にはそういう方はいますか。

宮地>共感してくださる方はたくさんいて、特に私の上司はすごく尊重してくれるので、自分の中でモチベーションの1つなのかなと思っています。心理的安全性といいますか。でも、幸せって、間違った解釈だと「楽をすること」だと思っている人もいますね。

前野氏>やってみようとチャレンジして、人々が感謝して、やりがいがあって、ありのままに自分らしく働くことが幸せです。ともに力を合わせて、苦しいときも乗り越えていく、それを喜び合えることに幸せがあるので、決して楽をすることではありません。

ある経営者で大富豪の人が、40歳ぐらいで海外に移住してずっと遊んで暮らせる環境にあったんですが、数か月したら「こんな生活は嫌だ」と戻ってきたというエピソードがあります。そして、「今までよりもっと社会に貢献する会社を作るんだ」と言っていました。世の中のために、ちょっと苦しいけど労働して頑張ることが幸せで、ずっと休んでいるのは別に幸せじゃないと思ったそうです。やっぱり何が幸せと相関するかを分析すると、成長と貢献感なんです。ただ、日本人に「どんなときが幸せか」とアンケート(https://rc.persol-group.co.jp/thinktank/data/well-being-telework.html)をとると、リフレッシュやオーバーワークではないこと、楽なことが幸せという答えが多い。仕事の喜びを知らないままで、楽したいと思っているうちは幸せにはなれないです。それは少しかわいそうなことかもしれません。この誤解を解いて、幸せについて学んでいく必要があるでしょうね。

宮地>なるほど。成長や貢献感って、例えば「成長したね」「貢献したね」と、周囲からフィードバックみたいなものも必要ですか。

前野氏>最初の頃はそうでしょうね。褒められることや報酬に反映されるような外発的動機は、ある程度必要です。誰にも言われていないけど頑張るというのは、最初はちょっときついですよね。上達してくると、内発的動機といって、人に言われることよりも、内側から湧き上がるやる気が高まり、自分に自信が出てきてどんどんやれるようになります。繊細で幸福度が低い人はまだ内発的動機が高まっていないかも知れませんから、そういう人には丁寧すぎるくらいに「大丈夫だよ」「ありがとう」とちゃんと声をかけてあげることが重要でしょうね。

宮地>それが先ほども話に出てきた、対話にも繋がりますよね。例えば、ソフィアメディの話になりますが、看護師やリハ職などの専門職が8割ぐらいで、2割は総合職で構成されています。しかし、専門職と総合職の乖離みたいなものがあると言われるんですよね。一般的には現場と本社の考えの違いみたいなところで。実際はどちらもものすごい働きをしているんですけど、この乖離をどこか寂しく思うことがあって、どう埋めていったらいいのかと思っています。

前野氏>これこそ対話しかないです。ただ集まって「対話しましょう」では上手くいかないと思うので、理念の浸透みたいな共通目標があるといいですよね。例えば、『ソフィアメディの”「生きる」を看る”ってなんだろう』と専門職と総合職でシャッフルしてお互いに話し合ってみる。そういう考え方なんだ、そういうやり方なんだと、お互いに気付いたり、誤解していたものが解けたり……。そこまでできなくとも、まずは顔見知りになる、少し話をするだけでもいいです。一対一で話をするところから。本当は100人いたら、100人と合計100時間かけなきゃみんなと深く分かり合えないですが、それはさすがに忙しくて現実的ではないので、まずは管理者同士からでもいいです。管理者は繋がる責任がありますからね。幸せな会社は、離れた場所の人ともわかり合っている感じがあります。コロナが終息したら、歓送迎会や部活のようなものも広がるといいですよね。


訪問看護、在宅医療にウェルビーイングを行きわたらせるには

宮地>先ほどは個人でできることやマネジャーができることについてお話を伺いましたが、訪問看護や在宅医療にウェルビーイングを行きわたらせるためにはどんなことが必要でしょうか。

前野氏>医療分野の特徴かもしれませんが、例えば会社のビジョンやミッションには「患者様のために」という他人のための言葉ばかりのところが多いように思います。本当は「私たちも満たされた人生、お客様も満たされた人生」となるように、自分への矢印がビジョンにもミッションにもスピリッツにも入っていたほうがいいでしょう。厳しく律するストイックな感じになると、どうしても自己犠牲になってしまいがちなので、自分への優しさや前向きにチャレンジする楽観性などを言葉にして入れることが大事です。

宮地>そうですよね。とはいえ、医療分野はミスが命に関わることや、ストイックにならねばならないところもあると思います。私たちが関わるお客様のなかには、もう治らない病気を持っておられる方もいるので、どうしても生活習慣の食事改善、塩分量などの数値が基準になってしまうことがあります。しかも、その基準にあてはめてストイックに管理する面もあって、バランスが難しいですね。

前野氏>基本的なマインドがそこまでやらなくていいことまで、細かくやりすぎているところもあるのかなとも思います。だから、管理するところと、自由なところのメリハリをちゃんとつけた方がいいですね。健康データの管理も必要だけど、結局はその方が笑顔でいられるかどうかってことが大事じゃないでしょうか。すべての人には、長所も欠点もありますが、そこに折り合いをつけて幸せに生きるっていうことになればいいのかな。医療と患者様の幸せを、一緒に置けるような視点があるといいんじゃないかなと。患者様の幸せというのは、やっぱりやりがいと繋がりを感じていることだと思うので、血糖値のチェックみたいに幸福度もチェックできるといいですね。

宮地>お客様の幸せを、私たち医療従事者がみて、それで自分たちも幸せに感じるということがあります。こうした幸せを少しずつ積み重ねながら一緒に幸せになっていく、みたいなことができるといいですね。


訪問看護や在宅医療に携わる人に伝えたい、「人は幸せなんだ」という視点から考えること

宮地>医療従事者は、蓋をしないといけないような生き方を今まで求められていたかもしれません。例えば、訪問看護は利用するはじまりが病気や障がいであり、弱さを持った人が対象となる仕事なので「不幸」とともにあると思われがちです。

前野氏>いやいや、人を幸せにする職業ですよね。病気や障がいがあるからといって不幸だとは限りません。むしろそれは間違いだというべきでしょう。病気や障がいを持ち、さまざまな制限があるかもしれないけど、それでも折り合いをつけながらやっている人もいます。「すべての人は幸せに生きる権利を持っている」という視点から考えるべきで、それを尊重していくべきだと思います。私の妻は乳がんを患って大変なこともありましたが、すべてにおいてこれはチャンスだ、これはいい試練だとポジティブに捉えているんですよね。確かにポジティブで幸せになれると、創造性や生産性が高くなり、長寿にもなるわけです。ところが、日本人はなかなかこういうマインドセットを持つことができません。

看護師さんや医療従事者みたいに貢献心の高いいい人たちが一番苦しんでいたらもったいないじゃないですか。利他的で自己犠牲になりやすい人たちだから、そういう人たちが「私は○○がやりたいです」と自分の意見を堂々と言えるぐらいになると、みんなイキイキしてくると思います。病気や障がいがある人も、看護を受けていても、今まで通り幸せですと、両者がそう思えるような社会づくりができるといい。一人ひとりが愛しい、看護師さんも患者さんも愛おしいんだっていうのが基本です。すぐにはこの考えに到達できないかもしれないけど、まずはありのままの自分を受け入れる。いろんなことを変えたり認識したりするのは難しいので、今のままでいいんだと思うことから始めることが大事です。

宮地>ソフィアメディの中で、今のまま幸せ研究所の所長としてやっていいんだとあらためて思えましたし、今回のインタビューでもたくさん愛をいただきました。今回のウェルビーイングに関するお話は看護師をはじめとする医療従事者にとっての光になると思います。働きながら「幸せ」だと、みんなに思ってほしいです。本日はありがとうございました。

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